ベトナムにはチェーと呼ばれる甘いデザートがあります。豆やココナッツ、ゼリー、タピオカなどを使ったものが一般的で、日本人の感覚でも比較的受け入れやすい甘味です。
ただ、その中にひとつだけ、どうしても説明しづらい存在があります。
chè bột lọc heo quay Huế
直訳すると、「ローストポーク入りのチェー」。
甘いスイーツの中に、豚肉が入っています。
最初に聞いたとき、多くの人が「え?」と止まります。実際にベトナム人の中でも、この料理を苦手とする人は少なくありません。
それでも、この料理はフエに確かに存在し、そして消えることなく受け継がれています。
なぜこのような料理が生まれたのか。そもそもこれは本当に“スイーツ”なのか。フエに行ったら食べるべきなのか、それとも避けるべきなのか。
この料理は、美味しいかどうかを語る前に、「なぜ存在しているのか」を知ることで見え方が変わります。

そもそもどんな料理なのか

chè bột lọc heo quayは、一見すると普通のチェーに見えます。透明感のあるもちもちした団子が甘いシロップに入っており、そこに生姜の香りがふわっと広がります。
しかし、この団子の中には、細かく刻まれたローストポークが入っています。
甘いシロップの中で、しょっぱい豚肉が現れる。この時点で、味の構造としてはかなり異質です。
一口食べると、最初に甘さが来て、そのあとに肉の旨味と塩気が追いかけてきます。そしてまた甘さに戻る。この往復が、この料理の正体です。
なぜこんな料理が生まれたのか|フエという土地の特殊性
この料理を理解するには、フエという都市の歴史を避けて通ることはできません。
フエはかつてベトナム最後の王朝「グエン朝」の都でした。つまり、ここは単なる地方都市ではなく、長い間“宮廷文化の中心地”だった場所です。
宮廷料理の特徴のひとつは、「驚き」と「遊び心」です。
単に美味しいだけではなく、「これは何だろう?」と思わせること、見た目と中身のギャップ、味の意外性。そうしたものが評価される文化がありました。
甘いと思って食べたらしょっぱい。軽いと思ったら重い。シンプルに見えて複雑。
chè bột lọc heo quayは、その発想の延長線上にあります。
つまりこれは、日常の合理的な料理ではなく、「驚かせるための料理」でもあるのです。
フエ料理のもう一つの特徴「境界を曖昧にする」
フエの料理は、甘いものとしょっぱいものの境界があいまいです。
例えば、フエでは料理に砂糖が入ることも珍しくありませんし、逆にデザートにも塩気が混ざることがあります。
これは単なる味覚の違いというより、味を単純に分けない文化とも言えます。
甘いか、しょっぱいかではなく、どう組み合わせるか。
chè bột lọc heo quayは、その極端な例です。
「甘い中にしょっぱいを入れる」というより、「甘いとしょっぱいを同時に成立させる」という発想です。
なぜベトナム人でも苦手な人が多いのか
ここが面白いところです。
この料理はベトナム人全員に愛されているわけではありません。むしろ、苦手という人も多く、「なぜこれを甘いカテゴリに入れるのか」と戸惑う声もあります。
理由はシンプルで、味の予測が裏切られるからです。
甘いと思って食べる → しょっぱい、 デザートと思って食べる → 肉が出てくる
この“認識のズレ”が強いほど、人は違和感を覚えます。
逆に言えば、この料理を楽しめるかどうかは、味覚というより柔軟性の問題かもしれません。
これは美味しいのか?という問いについて
正直に言うと、この料理は「万人におすすめできる美味しさ」ではありません。
ただし、「まずい」と切り捨てるのも少し違います。
この料理は、ハンバーガーやフォーのように完成された“分かりやすい美味しさ”ではなく、理解していくタイプの味です。
最初の一口で好きになる人もいれば、最後までよく分からないまま終わる人もいます。
それも含めて、この料理の性質です。
フエに行ったら食べるべきか?
これはかなり悩ましい問いです。
もし「確実に美味しいものだけ食べたい」という旅であれば、無理に選ぶ必要はありません。
しかし、「その土地の文化を一歩深く知りたい」「少し変わった体験をしてみたい」と思うなら、この料理はかなり強い選択肢です。
なぜなら、この一皿を食べることで、フエという土地の考え方が一気に見えてくるからです。
甘いのにしょっぱい。分かりやすくない。説明しづらい。
でも確かに存在し、長く残っている。
それがフエという街の一面でもあります。
まとめ
chè bột lọc heo quayは、単なる変わったデザートではありません。
宮廷文化、味覚の柔軟性、驚きを楽しむ発想。そのすべてが詰まった料理です。
好きになるかどうかは分かりません。むしろ、分からないまま終わる可能性もあります。
それでも、この料理には一度試す価値があります。
「美味しいかどうか」ではなく、「理解できるかどうか」。
その問いを、自分の舌で確かめるために。

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