ダナン旅行でGrabに何度か乗っていると、ふと気になるものがあります。
運転席の前、ダッシュボードのあたりに置かれた小さな仏像のようなものです。
すべての車にあるわけではありませんが、何台かGrabを利用していると、かなりの頻度で目にします。
金色の仏像だったり、観音様のような像だったり、数珠やお守りのようなものが一緒に飾られていたり。
「これは一体なんだろう?」
「ベトナム人はそんなに仏教を信仰しているの?」
そう思った人もいるのではないでしょうか。
実は、この小さな疑問を追いかけていくと、ベトナムという国の宗教観や文化が少しずつ見えてきます。
ダナンには大きな観音像で知られるリンウン寺があり、五行山には古い寺院や祠が点在しています。その一方、市街地にはピンク色のダナン大聖堂があり、さらにベトナムで生まれたカオダイ教の聖堂まであります。
仏教、キリスト教、祖先崇拝、民間信仰。
いったいベトナム人は何を信じているのでしょうか。
今回は観光スポットとしてのお寺や教会を紹介するだけではなく、Grabのダッシュボードに置かれた小さな像を入口に、ベトナム人にとって「祈る」とはどういうことなのかを考えてみたいと思います。
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Grabの運転席にある小さな仏像、あれは何?

まず最初に、気になる「あれ」の正体から。
Grabやタクシーのダッシュボードに置かれているものはすべて同じではありません。
小さな仏像や観音像、弥勒仏を思わせる像、お守り、数珠のようなものなど、運転手によってさまざまです。
そのため、車内に何か像があるからといって「この運転手は熱心な仏教徒だ」と決めつけることはできません。
ただ、ベトナムでは車内に仏像などを置き、旅の安全や無事、幸運を願う習慣が見られます。
毎日長時間道路を走るタクシーやGrabのドライバーにとって、「今日も事故なく無事に仕事を終えたい」という願いは、とても身近なものでしょう。
日本人なら「交通安全のお守り」を想像すると分かりやすい
日本でも、毎週お寺や神社へ通うわけではない人が、車には神社でもらった交通安全のお守りを付けていることがあります。
ベトナムの車内にある仏像と日本のお守りは宗教的背景までまったく同じではありませんが、「移動の無事を願って車の中に祈りの対象を置く」という感覚には、どこか共通するものがあります。
そう考えると、Grabのダッシュボードにある小さな像が少し身近に感じられませんか。
Grabだけではない。ダナンの街には「祈り」がたくさんある



一度意識してダナンの街を歩いてみると、宗教や信仰を感じるものはGrabの中だけではありません。
レストランや商店、ホテル、一般家庭などで、小さな祭壇を見かけることがあります。
そこには線香や花だけでなく、果物や飲み物、食べ物などが供えられていることもあります。
日本人から見ると「お寺や神社へ行くこと」が宗教的な行為に見えやすいのですが、ベトナムでは信仰が家庭や商売などの日常生活の空間にもかなり入り込んでいます。
特に重要なのが、祖先を敬う文化です。
では、ベトナム人は何教なの?
ここで一番難しい疑問が出てきます。
「結局、ベトナム人は何教なの?」
実は、この質問に「仏教です」と一言で答えてしまうと、ベトナムの宗教文化をかなり単純化してしまいます。
ベトナムには仏教徒もいれば、カトリックなどのキリスト教徒もいます。カオダイ教のようにベトナムで生まれた宗教もあります。
一方で、特定の宗教に所属していると自認していない人も少なくありません。
ところが「無宗教=宗教的なことを何もしない」とは限らないのが、ベトナムを理解する面白いところです。
ベトナムを理解する鍵は「祖先を大切にする文化」
ベトナムの宗教文化を知るうえで、仏教以上に重要と言ってもいいのが祖先を敬う習慣です。
家庭に祖先の祭壇を置き、線香を焚いたり、花や食べ物を供えたりすることは珍しくありません。
2023年に実施されたPew Research Centerの調査では、ベトナムの成人の96%が過去1年間に祖先を敬うために線香を焚いたと回答しています。
さらに、特定の宗教に属していないベトナム人でも、祖先への供物などを行う人が非常に多いことが示されています。
興味深いことに、ベトナムではキリスト教徒にも祖先を敬う習慣が広く見られます。
つまり、
「何教に所属していますか?」
という質問だけでは、ベトナム人の日常にある信仰を十分には説明できないのです。
仏教・儒教・道教……いろいろな考え方が重なっている
ベトナム文化は長い歴史の中で、中国文化から大きな影響を受けてきました。
そのため、仏教だけではなく、儒教や道教、祖先を敬う習慣、さまざまな民間信仰が重なっています。
「これは仏教」「これは道教」と、日常生活のすべてをきれいに分けられるわけではありません。
複数の思想や信仰が矛盾することなく生活の中に共存することも、ベトナム文化の特徴のひとつです。
だからこそ、Grabの中に仏像があったからといって、その人の宗教を単純に決めることはできないのです。
ダナンで実際に「信仰」を感じられる場所
こうした背景を少し知ってからダナンの寺院や教会を訪れると、単なる観光スポットとして見るのとは印象が変わってきます。
リンウン寺|海を見つめる巨大な観音像

ダナンを代表する寺院のひとつが、ソンチャ半島にあるリンウン寺(Linh Ung Pagoda)です。
特に有名なのが、高さ67mの巨大な観音像。
海に向かって立つその姿は、ミーケビーチ方面からも見えるほど巨大です。
ダナン市の観光情報では、この観音像について、地元では漁師を守り、嵐や強い波に立ち向かう力を与えてくれる存在として信じられていると紹介されています。
ここで、最初のGrabの話を思い出してみてください。
車の中では、運転手が小さな像に旅の無事を願う。
海のそばでは、漁に出る人々が観音に海上の安全を願う。
形は違っても、「どうか無事に帰ってこられますように」という願いには共通するものがあります。

五行山|寺院・洞窟・祠が混ざり合う不思議な場所

もうひとつ宗教文化を感じやすいのが五行山(マーブルマウンテン)です。
五行山というと「洞窟のある山」というイメージが強いかもしれませんが、実際には寺院や仏像、祭壇、塔などが点在する宗教的な空間でもあります。
中心となるトゥイソンには、古いタムタイ寺やリンウン寺があり、洞窟の中にも祭壇や像があります。
山、洞窟、仏教寺院、民間信仰的な要素がひとつの場所に共存している五行山は、ベトナムの宗教文化を体感するにはとても興味深い場所です。
「これは寺院」「ここからは自然観光」と明確に区切るよりも、自然そのものと信仰がつながっているような感覚があります。

ダナン大聖堂|仏教だけではないダナン

市街地へ戻ると、まったく違った宗教建築が現れます。
ピンク色の外観で有名なダナン大聖堂です。
1923年に建設されたカトリック教会で、ゴシック様式の建築と約70mの高さを持ち、塔の頂上に雄鶏があることから「鶏教会」と呼ばれることもあります。
観光写真だけを見ると「かわいいピンクの教会」という印象が先に来ますが、現在も信仰の場として使われているカトリックの大聖堂です。
「ベトナム=仏教」というイメージでダナンを訪れると、市街地の中心に大きなカトリック教会があることを意外に感じるかもしれません。
しかし、ベトナムには長いキリスト教の歴史があります。
フランス統治時代の影響もあり、現在でも各地でカトリック教会を見ることができます。

カオダイ教|ベトナムで生まれた独自の宗教
さらに面白いのがカオダイ教です。
カオダイ教は1926年にベトナム南部のタイニンで生まれた宗教で、仏教・道教・儒教・キリスト教など、さまざまな宗教思想の影響を受けています。
ダナンにもカオダイ教の組織があり、市内のハイフォン通りにはカオダイ宣教聖会の聖堂があります。
仏教寺院があり、カトリック大聖堂があり、さらにベトナム独自の宗教まである。
ダナンの街を歩くだけでも、ベトナムの宗教がひとつでは説明できないことがよく分かります。
同じ東南アジアでも、タイやカンボジアとは少し違う
東南アジア旅行が好きな人なら、「でもタイやカンボジアにもお寺や仏像はたくさんある」と思うかもしれません。
確かにそうです。
ただし、仏教の系統を見ると大きな違いがあります。
| 国・地域 | 宗教文化の大まかな特徴 |
|---|---|
| ベトナム | 大乗仏教、祖先崇拝、儒教・道教、民間信仰、キリスト教など |
| タイ | 上座部仏教が中心 |
| カンボジア | 上座部仏教が中心 |
| ラオス | 上座部仏教が中心 |
| ミャンマー | 上座部仏教が中心 |
| インドネシア | イスラム教徒が多数 |
| マレーシア | イスラム教が社会制度にも大きく関わる |
| フィリピン | キリスト教、とくにカトリックが多数 |
ベトナムの仏教では、日本、中国、韓国などでも広く見られる大乗仏教の伝統が大きな位置を占めています。
一方、タイ・カンボジア・ラオスなどでは上座部仏教が社会の中心的な宗教になっています。
地図で見るとベトナムは間違いなく東南アジアですが、歴史や宗教文化を見ると中国をはじめとする東アジア世界とのつながりも非常に深い国なのです。
だからベトナムは、ときどき日本に少し似て見える
ここまで読んで、何となく日本と似ていると感じた人もいるかもしれません。
日本人に「あなたは何教ですか?」と聞くと、
「特に宗教はありません」
「無宗教です」
と答える人も多いでしょう。
ところが、その人が、
- 正月には神社へ初詣に行く
- お盆には墓参りをする
- 葬儀は仏式で行う
- 車には交通安全のお守りを付ける
- 受験前には神社で合格祈願をする
ということは珍しくありません。
特定の宗教に所属しているという意識と、日常生活の中で祈ったり、祖先を敬ったりすることが必ずしも一致していない。
この点は、ベトナムの宗教文化を日本人が理解するうえで、とても面白い共通点です。
ただし、日本とベトナムは同じではない
もちろん、似ているからといって同じではありません。
旅行者にとって特に違いを感じやすいのが、祖先を祀る場所が日常空間の中で目に入りやすいことです。
家庭だけでなく、商店やレストランなどでも祭壇や供物を見かけることがあります。
祖先を敬うことが、家族や日々の暮らしと密接につながっているのです。
実際、Pew Research Centerの調査では、ベトナムでは祖先のために線香を焚いたり、食べ物や飲み物、花などを供えたりする行為が非常に広く行われています。
宗教を「どの宗教団体に所属しているか」だけで考えると見えにくいのですが、生活の中の小さな祈りを見ると、ベトナム人と信仰の距離が少し見えてきます。
寺院や教会を訪れるときに気をつけたいこと
リンウン寺やダナン大聖堂などは観光客にも開かれていますが、本来は信仰の場です。
訪れる際には、観光施設ではなく「誰かにとって大切な祈りの場所」であることを忘れないようにしましょう。
- 露出の多すぎる服装を避ける
- 礼拝や祈っている人の邪魔をしない
- 祭壇や宗教物にむやみに触れない
- 写真撮影禁止の表示があれば従う
- 礼拝中の人を至近距離から撮影しない
- 教会ではミサ中の観光を控える
- 大声で話さない
特別な宗教知識がなくても、静かに見学し、現地の人の行動を尊重すれば問題ありません。
次にGrabに乗ったら、ダッシュボードを少し見てみよう
最初の話に戻りましょう。
ダナンでGrabに乗り、運転席の前に小さな仏像を見つける。
初めて見たときは、単なる車内の飾りに見えるかもしれません。
でも、その背景を少し知ると見え方が変わります。
毎日たくさんの乗客を乗せて街を走るドライバーが、今日も事故なく仕事を終えられるよう願っているのかもしれない。
海を見渡すリンウン寺では、巨大な観音像に海の安全を願う人がいる。
家庭や商店では祖先に線香を焚き、花や食べ物を供える。
そして街の中心にはカトリックの大聖堂があり、その近くにはベトナムで生まれたカオダイ教の聖堂もあります。
それらは別々のように見えて、すべてダナンという街の日常の中にあります。
ベトナムの宗教を「この国は何教なのか」というひとつの答えにまとめようとすると、少し分かりにくくなります。
むしろ、
「家族を大切にすること」
「祖先を敬うこと」
「商売がうまくいくよう願うこと」
「旅や仕事の無事を願うこと」
といった日々の小さな祈りを見ていく方が、ベトナム人の信仰を理解しやすいのかもしれません。
次にダナンでGrabに乗ったら、運転席の前を少しだけ見てみてください。
そこにある小さな像は、単なる飾りではなく、「今日も無事に帰れますように」という運転手の小さな祈りなのかもしれません。




